令和3年度 地域連携・研究推進センター活動報告書第8号
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2) 耳の中のブランコ 45 子供では大脳の新しい領域は十分に機能していませんから、ブランコの感覚に対する評価はもっぱら古い領域で直観的に行われます。直観的評価は、ある感覚が自分の生存にとって好ましい刺激かどうかという生得的な判断です。 では子どもはブランコに乗ったときの感覚を、自らの生存・成長にとって好ましい刺激であると直観的にとらえているのでしょうか。ここでは平衡感覚に焦点をあてて考えてみます。 耳の奥、内耳とよばれるところに前庭器官という組織があります。私たちの体に力が加わると前庭器官がそれを感じ取ります。前庭器官の中には、細胞がたくさん並んでおり、そのうちのいくつかは感覚毛を持ち、有毛細胞と呼ばれます。ブランコに乗ると髪の毛が揺れ動きますが、同じように耳の中では有毛細胞の感覚毛が揺れて、その動きが脳に伝えられます。そのおかげで私たちは自分の体にかかる力や加速度を感じとり、その結果、今どの位からだが傾いているのか、どの位回転しているのかを認識することができます。この認識のことを平衡感覚と呼んでいます。言い方を変えれば、私たちは耳の奥に小さなブランコを持っていて、そのブランコの揺れを、自分の体の揺れとして認識していることになります。 ではこの耳の奥の小さなブランコはいつごろから揺れ始めるのでしょうか。胎児はお母さんのお腹の中では羊水中を漂います。お母さんが立ったり、座ったり、横になったり姿勢を変えるたびに一緒に動くことになりますので、妊娠初期から自分の姿勢を維持するための仕組み-それが即ち前庭機能ですが-が必要です。それがないと胎児はお母さんの動きに翻弄されてしまいます。そして実際に発生第8週までには、前庭器官の基本的構造はほぼ完成していると言われています。第8週といいますと、胎児はまだ子供の親指くらいの大きさです。 3) 大脳のトレーニング 大脳内で神経回路が正しく形成されていく過程では、様々な感覚が脳へ入力され、それに応じた適切な運動が出力されます。この入力と出力のセットが繰り返し実行されることで大脳は鍛えられていきます。平衡感覚は大脳のトレーニングのための入力として、早い段階から貢献できることになります。したがって赤ちゃんの前庭器官を積極的に刺激すると、大脳の神経回路が鍛えられ、その後の運動能力の発達を促すだろうということは想像できます。 ただ、脳には運動以外の働き-記憶・学習・情動・言語・社会性など-も沢山あります。それらに関する神経回路の発達はどうなっているのかというところも気になります。 ここで一つ興味深い報告があります。赤ちゃんをあやすときに,体に触れる・笑顔を見せるだけの場合に比べて、「高い高い」のように前庭刺激を加えてあやすと,赤ちゃんは目に映るもの-多くの場合、自分をあやしてくれている人の顔ということになりますが-に対してより大きな注意を向けるというものです。

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